Rosa Mystica
-神秘の薔薇-
ルネサンス思想と西洋魔術全般の研究ページ

『生命論』第3巻について

『生命論』-特にその第3巻-は、マルシリオ・フィチーノの魔術論を語るにあたり外すことのできない著作である。『生命論』は、第1巻が学者の健康維持、第2巻が学者の長寿、そして第3巻が学者に対する星辰の影響について述べられた医学論文である。ただしそこでは護符や音楽に大きな役割が与えられていて、ウォーカーの言うように「医学的な勧告をしているが、同様に何か他のことも示唆している」書物である。「何か他のこと」とは正に魔術に他ならない。

『生命論』全3巻を通してフィチーノは精気(スピリトゥス)について注目する。第1巻では精気を肉体と霊魂を結ぶ絆とし、伝統的な四体液説に則り学者のメランコリーについて述べ、学者はメランコリーを支配する土星の影響を和らげるべく、太陽・木星・金星・水星の力を引き寄せるべしとされる。続く第2巻では精気が自然精気・生命精気・動物精気に分類され、精気を育み純化するための三種の事物などを医学的見地から述べている。そして第3巻では星辰の力を引き寄せるべく、実践的なアドヴァイスがなされるのであるが、これがいわゆるフィチーノの魔術なのである。

第3巻の題名は「天上より導かれるべき生について」であり、副題として、同じ主題を扱ったプロティノスの著作にたいする註釈であると書かれている。ただしプロティノスのどの書を指しているのかははっきりしていない(クリステラ―は第4エンネアス第3巻『魂についての疑問、第一篇』第2章であるとし、ウォーカーは第4エンネアス第4巻『魂についての疑問、第二篇』の可能性が高いとしている)。

フィチーノの述べる魔術であるが、自然的力を天使や神霊(ダイモン)等の人格的・超自然的存在の力を借りずに引き寄せることを主題としている。この時代は魔術について述べるには大変気を使わざるをえない時代であった。すなわち、キリスト教による異端視の問題である。天使や神霊により人間の知性に影響を与えるような魔術、つまり神霊魔術は、明らかに異端とされてしまう。したがって、フィチーノは自身の魔術が神霊魔術とみなされないよう、細心の注意を払わねばならなかった。

ところで『天上より導かれるべき生について』結尾に、プロティノスの見解はヘルメス・トリスメギストスが『アスクレピウス』で述べたことを繰り返したとの記述がある。つまりイエイツの述べるように、『天上より導かれるべき生について』は、『アスクレピウス』の魔術について注解しようとしたものといえよう。ところで『アスクレピウス』の魔術はアウグスティヌスによって厳しく断罪された魔術であり、したがってフィチーノの魔術にも危険な要素が含まれていることが推察できよう。事実フィチーノは、『生命論』発表後キリスト教当局から異端の容疑をかけられ同書に対する弁明を書かねばならなかった。確かに『天上より導かれるべき生について』には、護符-すなわち知的存在に向けて使用すると解釈されうる道具-の使用について書かれた部分等があり、フィチーノ魔術に神霊魔術的要素が潜在しているのは間違いない。

実際のところ、同書で述べられる魔術は想像力に働きかけることを主眼とした主観的な魔術で、『ソロモンの鍵』等の中世期の魔術に比べると穏やかかつ洗練された印象を受ける魔術である。その穏やかさはフィチーノの保守的な傾向に由来するのであろうが、この保守的な傾向が功を奏し『天上より導かれるべき生について』は異端の咎を受けずに済んだ。しかしながら、同書の影響を受けた様々な著作が、フィチーノにおいては潜在していた異端的要素を顕在化させている。フィチーノは同書において、かなり危険な冒険を行っていたのである。

*『天上より導かれるべき生について』の他の著作に対する影響については、以下のウォーカーの著作に詳述されている。

参考文献
イエイツ、フランセス、『ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス教の伝統』
ウォーカー、D.P.、『ルネサンスの魔術思想―フィチーノからカンパネッラへ』 (ヴァールブルク・コレクション)

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