Rosa Mystica
-神秘の薔薇-
ルネサンス思想と西洋魔術全般の研究ページ

マルシリオ・フィチーノ関連年表

  • 1433.10.19-父ディオティフェチ(Diotifeci)と母アレッサンドラ(Alessandra)のもと、七人兄弟の長兄として、フィレンツェ近郊のフィリーネ(Figline)で生まれる。
  • 1438-フェラーラにて教会統一のための公会議が開かれる。フィチーノ一家は1439にフィレンツェに引っ越す。
  • 1445頃-人文主義・論理学・ラテン文学の学習開始。教師たちのなかにはルカ・ディ・サン・ジミニャーノ(Luca di San Gimignano)がいた。
  • 1451〜58-フィレンツェ大学の学生。指導教官はフォリーニョのニッコロ・ティニョーシ(Niccolo Tignosi da Foligno)。
  • 1456-元々のマルシリオ・デ・フィリーネに代わり、マルシリオ・フィチーノを名乗るようになる。プラトンの翻訳をもとにした彼の最初の著作「プラトンの手引き」(Institutiones Platonicae)完成。
  • 1450年代〜60年代-スピリチュアルな生を目指す宗教的結社に所属。「古代神学」についての考えが構成されはじめる。
  • 1457-宗教的危機を経験。後に破棄されることになるルクレティウスについての註釈を執筆。伝統的アリストテレス神学とプラトン主義との間における葛藤(父親およびフィレンツェ大司教はアリストテレスを勧めるも、フィチーノ自身はプラトン主義に向かう傾向が強かった)。
  • 1459〜62-おそらく医学を学ぶ。
  • 1462-『オルフェウス讃歌』や『ゾロアスターの格言』を含む初のギリシャ語著作からのラテン語翻訳を行う。コジモ・デ・メディチ(Cosimo de'Medici)がフィチーノにプラトン全集の翻訳を依頼。ただしコジモの意向により、『ヘルメス撰集』の翻訳を優先させることになる。
  • 1463-『ヘルメス撰集』翻訳完成。プラトンの翻訳開始。
  • 1464.8.1-コジモ・デ・メディチ死去。
  • 1468-ダンテの『君主論』を翻訳。異教思想とキリスト教との間における葛藤を通し、良心の呵責に苛まれる。友人ジョヴァンニ・カヴァルカンティ(Giovannni Cavalcanti)の勧めによりプラトン『饗宴』の註釈である『愛について』(De amore)を執筆。
  • 1469-プラトンの翻訳完成。18巻からなる『プラトン神学』(Theologica Platonica de immortalitate animorum)執筆開始。『ピマンデル』(Pimander)-『ヘルメス撰集』(Corpus Hermeticum)がこう称された-のラテン語版初版ヴェネツィアで公刊。
  • 1473-フィチーノ叙階。ロレンツォ・デ・メディチ(Lorenzo de'Medici)との文通開始。
  • 1474-『キリスト教論』(De Chiristiana religione)執筆。フィレンツェのプラトン・アカデミーが大きな成功を収める。
  • 1477-『占星術論議』(Disputatio contra iudicium astrologorum)を執筆。ただし公刊はされず。
  • 1478.4.26-パッツィ家の陰謀。ジュリアーノ・デ・メディチ(Guiliano de'Medici)が暗殺される。
  • 1484-プラトンの完訳出版。ジョヴァンニ・ピコ・デッラ・ミランドラ(Giovannni Pico della Mirandora)がフィレンツェに到着。
  • 1484〜92-プロティノス、ポリュピュリオス、プロクロスの翻訳・註解を行う。
  • 1486-プロティノスの公開講義を天使の聖マリア大聖堂(S.Maria degli Angeli)にて行う。
  • 1488-プセロス、シュネシオス、ポリュピュリオス、イアンブリコス、プリスキアノスの翻訳を行う。
  • 1489-イアンブリコスの『エジプト人の秘儀について』(De mysteriis Egyptorum)翻訳完了。『三重の生について』(De vita libri tres)完成。ローマ教皇庁より異端の嫌疑をかけられるも、リナルド・オルシーニ(Rinaldo Orsini)大司教の仲裁により事なきをえる。『弁明』(Apologia)執筆。
  • 1490-ジローラモ・サヴォナローラ(Girolamo Savonarola)がフィレンツェに戻る。
  • 1491-偽ディオニュシオス・アレオパギテスの翻訳を行う。
  • 1491,2-『太陽について』(De sole)、『光について』(De lumine)を執筆。プラトンの翻訳・註釈完全版のためにプラトンの註釈に従事。
  • 1492-ロレンツォ・デ・メディチ死去。
  • 1494-ピコ・デッラ・ミランドラ、ポリツィアーノ(Poliziano)死去。
  • 1495-書簡が出版される。
  • 1496-未刊のプラトン註釈および概要が出版される。
  • 1497-イアンブリコスの翻訳出版。パウロの『ローマ人への手紙』についての註釈を行う(フィチーノ最後の仕事。ただし未完)。
  • 1499.10-カレッジ(Careggi)にて死去。

参考文献
Voss, Angela, Marsilio Ficino (Western Esoteric Masters)

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